早朝から降ってた雪が午後になって冷たい雨に変わって、運悪く午後から見廻りだった俺が、こたつからはい出て車庫を覗いた時にはもう遅かった。考えることはみんな一緒で、何台もいたはずの車はすっかり出払った後だった。舌打ちしながら振り返ると、たぶん俺と同じような理由で、さっきまで車が止まっていたであろう場所を睨んでいる土方が、煙と一緒に立っていた。
俺が言うのもなんだけど、アンタって本当まぬけ。
小雨の中二人で屯所を出て、そのまま無言で歩いていたら、溶けた雪だか雨だかであっという間にブーツがキンキンに冷えて、隊服のズボンがぐしょぐしょになって、次第に足の先についているはずの指の感覚までなくなってしまって、つい、ため息がこぼれた。
口の中から逃げ出すみたいにこぼれたため息は、俺たち以外誰もいない道の、冷たい空気の中で真っ白く浮かんでいた。それをぼんやり眺めていたら、一瞬、体温と外気が同じになったような錯覚を起こして、自分の境目が曖昧になっていった。そのせいで今ここがどこで、自分が何をしていたのかがするっと抜け落ちてしまって、感覚がなくなった足の指みたいに、脳がしびれて意識が中に浮いたようになった。
前を歩いていた、これまたぐちゃぐちゃと音を立てる黒いブーツが引き返してきて、それに気がついてふと顔をあげると、冷たい何かが唇をかすめた。その何かが奴の唇だっていうのはすぐに気が付いたけれど、ポケットに突っ込んでた指や、ぼんやり痺れていた脳みそが反応する前に、触れた唇も、汚い音をたてるブーツも離れていった。
何故かなんて聞かない。俺は聞かない。理由なんてないことは分かっている。そしてありすぎることも分かっている。一瞬だけ触れあった唇が、互いに温度をわけずに離れてしまっても無理はない。俺だってアンタに分けてやろうなんて思わない。
ただ、前方から漂ってくる雨と煙草が混じった匂いを嗅いでいるうちに、切なさが肺の辺りまでのぼってきて、胸がきゅうきゅう鳴って、これじゃあまるで恋だと思った。その恋みたいなやつが喉につまって苦しくて、息がもれそうになったけど、今度は逃がさないようにゆっくり飲み込んだ。
どうせなら舌くらい入れてみろよ。
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雨の日の二人