「そういうのはね、好きな人とするのに取っておきなさい」
と、銀色にからまった髪をさらに盛大に掻き回しながら言った。
目の下がうっすら青黒くなっているのを見て、寝不足なのかしらと思う。
しかしその原因が、早朝からこうして彼を叩き起こしたからだと思い当たる。でも気にしない。
思春期がどうの、若い子の下半身事情がどうのと、寝起きの聞き取りづらい声で何だかぶつぶつ言っている。
それを右から左に。
内容はともかく、声はとても心地が良いので音楽のように聴き流す。携帯に録音して、寝る前に聞いたら良く眠れるんじゃないかと考えていると、頭を小突かれる。
「ちょっと沖田君聞いてるの」
またもや思考が脱線していたようだ。ゆっくりと引き戻す。
ため息をつかれる。優しく。それが終わるのを待って、言う。
「ですから、俺は今まで取っておいたんですけどね」
眠たげな目が見開かれる。おや、見た事の無い顔だ。
その後視線があちこち彷徨って、部屋を一周したあたりで自分の前まで戻ってくる。見つめられる。
旦那の、寝起きのかさついた口から何か発せられそうになった瞬間、携帯のアラームが鳴った。見廻りの時間だ。
「じゃあ、俺仕事なんで。行きやす」
言いながら旦那の上から降りる。
すると銀髪は、少しほっとしたような、残念そうな。
「またおいで」
帰り際に頭をなでられながらもらった一言に、自然足取りも軽くなる。
気付いたらスキップしてた。スキップて。
とりあえず、世界中の人に優しさを振りまきたい気分なので、
帰りにタバスコを大量に買い込む事にする。